06 指輪 (浩二&美加子)
written by 朝川 椛
休み時間。
購買で買ってきたリング型のスナック菓子を頬張っていたら、
想い人の美加子が嬉しそうに寄ってきた。
「1つちょうだい」
頷いて中身を見るが、残念ながら残りは1つ。
浩二は少し考え、
「左手、俺の前に立てて見せて」
とアルミの袋に手を突っ込みながら要求した。
「こう?」
訊きながら、目前に細く整った左手を翳してくる美加子。
その薬指へ、黄色いリング菓子をひょいと乗せる。
「何?」
怪訝な面持ちで尋ねてくる美加子に、
浩二は何気ない口調を装って答えた。
「予約」
気付くかな、と期待半分にさり気なく美加子の顔を窺う。
「ふうん」
美加子が目を瞬き、左薬指の爪の先に収まったスナック菓子を眺める。
そして、分かった、とちいさく頷き、
何の躊躇いもなく菓子をパクリと口に含んだ。
「え……」
「じゃあ、後でね」
微笑む美加子に心臓が早鐘を打つ。
「それって……」
席に座ろうと背を向ける美加子に声をかけると、
美加子はくるりとこちらを向いて、
「新しいの買ってきてくれるんでしょ? ありがとう」
お金は払うからさ、と笑う。
その爽やかな笑顔に乾いた笑いで応えながら、
浩二は自分の想いが届くまでの道程(みちのり)を思って、
溜め息をついた。
fin.
休み時間。
購買で買ってきたリング型のスナック菓子を頬張っていたら、
想い人の美加子が嬉しそうに寄ってきた。
「1つちょうだい」
頷いて中身を見るが、残念ながら残りは1つ。
浩二は少し考え、
「左手、俺の前に立てて見せて」
とアルミの袋に手を突っ込みながら要求した。
「こう?」
訊きながら、目前に細く整った左手を翳してくる美加子。
その薬指へ、黄色いリング菓子をひょいと乗せる。
「何?」
怪訝な面持ちで尋ねてくる美加子に、
浩二は何気ない口調を装って答えた。
「予約」
気付くかな、と期待半分にさり気なく美加子の顔を窺う。
「ふうん」
美加子が目を瞬き、左薬指の爪の先に収まったスナック菓子を眺める。
そして、分かった、とちいさく頷き、
何の躊躇いもなく菓子をパクリと口に含んだ。
「え……」
「じゃあ、後でね」
微笑む美加子に心臓が早鐘を打つ。
「それって……」
席に座ろうと背を向ける美加子に声をかけると、
美加子はくるりとこちらを向いて、
「新しいの買ってきてくれるんでしょ? ありがとう」
お金は払うからさ、と笑う。
その爽やかな笑顔に乾いた笑いで応えながら、
浩二は自分の想いが届くまでの道程(みちのり)を思って、
溜め息をついた。
fin.
12 見つけないで (ミケ&浩二&美加子)
written by 朝川 椛
ミケは逃げた。
自分には人間のご主人がメスとオスの2匹いる。
どちらに構われることも別段嫌いではないのだが。
時々無性に群れたくない時がある。今日などは特にそんな気分だった。
大体、オスご主人様はこの身体を撫で回し過ぎなのである。
せっかくの昼寝の機会を、これ以上邪魔されては適わない。
ミケは黒色の身体が目立たないよう庭の物置の影に隠れ、
これ幸いと丸くなった。
どれほど時が経っただろうか。
近くで何やら声が聞こえてきた。
ご主人たちだ。
ミケは耳をぴくぴくと動かして、2匹の会話に聞き耳を立てる。
「どこに行っちまったのかなあ、ミケ」
オスご主人のぼやく声が聞こえてきた。
「お前がちゃんと見てればさあ」
がさがさと植木をかき分ける音とともに、オスご主人のぼやきは続く。
するとそれを遮るように、今度はメスご主人の怒り声が飛んできた。
「なによ、それ! 大体、あんたがしつこく撫でるから
逃げちゃったんじゃない」
せっかくわたしと寛いでたのに、と文句を言うメスご主人へ、
オスご主人が大げさな溜め息をつく。
「わかってるよ。このネコ缶あげたらすぐ帰るっての」
「え……」
驚いた様子のメスご主人。
そんなメスご主人の呟きに、
ミケは伸びようとしていた身体をとっさに強ばらせた。
そろそろ出て行こうと思ってたんだけどなあ。
だが、どうやら自分はまだ、見つかってはいけないらしい。
色々うんざりはしたけれど、
なかなか素直になれないメスご主人のためなら仕方がないか。
会話はまだ続いていたが、もう興味はなくなった。
自分が見つかりさえしなければ、きっとまたいつものように
オスご主人が長居するのだろう。
ミケは首の鈴が鳴らないように注意しながら小さく欠伸をして、
またまどろみの中へと戻っていった。
fin.
ミケは逃げた。
自分には人間のご主人がメスとオスの2匹いる。
どちらに構われることも別段嫌いではないのだが。
時々無性に群れたくない時がある。今日などは特にそんな気分だった。
大体、オスご主人様はこの身体を撫で回し過ぎなのである。
せっかくの昼寝の機会を、これ以上邪魔されては適わない。
ミケは黒色の身体が目立たないよう庭の物置の影に隠れ、
これ幸いと丸くなった。
どれほど時が経っただろうか。
近くで何やら声が聞こえてきた。
ご主人たちだ。
ミケは耳をぴくぴくと動かして、2匹の会話に聞き耳を立てる。
「どこに行っちまったのかなあ、ミケ」
オスご主人のぼやく声が聞こえてきた。
「お前がちゃんと見てればさあ」
がさがさと植木をかき分ける音とともに、オスご主人のぼやきは続く。
するとそれを遮るように、今度はメスご主人の怒り声が飛んできた。
「なによ、それ! 大体、あんたがしつこく撫でるから
逃げちゃったんじゃない」
せっかくわたしと寛いでたのに、と文句を言うメスご主人へ、
オスご主人が大げさな溜め息をつく。
「わかってるよ。このネコ缶あげたらすぐ帰るっての」
「え……」
驚いた様子のメスご主人。
そんなメスご主人の呟きに、
ミケは伸びようとしていた身体をとっさに強ばらせた。
そろそろ出て行こうと思ってたんだけどなあ。
だが、どうやら自分はまだ、見つかってはいけないらしい。
色々うんざりはしたけれど、
なかなか素直になれないメスご主人のためなら仕方がないか。
会話はまだ続いていたが、もう興味はなくなった。
自分が見つかりさえしなければ、きっとまたいつものように
オスご主人が長居するのだろう。
ミケは首の鈴が鳴らないように注意しながら小さく欠伸をして、
またまどろみの中へと戻っていった。
fin.
16 フェンスの向こう側には (赤池透)
written by 朝川 椛
日曜日。
風邪を引いた妻に、
息子を連れて散歩がてら買い出しに行くと言って、
星野美加子が通う都立高校を訪れた。
嘘をついたことは心苦しいが、
どうしても気持ちがそちらに向いてしまう。
離れたフェンスからそっと彼女の様子を窺うと、
美加子は学校の裏側にある葉の落ちきった銀杏の木の下で、
仲間と練習に励んでいた。
真剣な表情、仲間と交わす笑顔。
どれもこれもが愛しすぎて、
透はフェンスを握る手を強くする。
するとそこへ、1人の男子生徒がやってきた。
「あ……」
それは以前、美加子を頼む、と託した少年だった。
たしか、名前は星岡浩二だったか。
美加子は浩二が訪れた途端、
見たこともないようなふくれっ面をして、浩二を怒鳴りつけた。
「そっか……」
もう大丈夫なのかもしれない。
彼ならきっと、美加子を幸せにしてくれる。
そう思うのは本心なのに、
足が縫い止められたかのようにぴくりとも動かない。
どうして、俺は……。
何処までも中途半端な自分に嫌気がさす。
と、腕の中で眠る子供が小さく身じろぎをした。
これが、現実。
透は瞳を閉ざし、ゆっくりとした動作でフェンスから手を離す。
そして、閉じていた瞳を開き、もう一度美加子を見つめた。
諦めなければいけない。それはわかっている。
だが……。
「好きだよ」
去り際に呟いた言葉は、吹き付ける冬の風にかき消され、
透の耳にさえ残ることはなかった。
fin.
日曜日。
風邪を引いた妻に、
息子を連れて散歩がてら買い出しに行くと言って、
星野美加子が通う都立高校を訪れた。
嘘をついたことは心苦しいが、
どうしても気持ちがそちらに向いてしまう。
離れたフェンスからそっと彼女の様子を窺うと、
美加子は学校の裏側にある葉の落ちきった銀杏の木の下で、
仲間と練習に励んでいた。
真剣な表情、仲間と交わす笑顔。
どれもこれもが愛しすぎて、
透はフェンスを握る手を強くする。
するとそこへ、1人の男子生徒がやってきた。
「あ……」
それは以前、美加子を頼む、と託した少年だった。
たしか、名前は星岡浩二だったか。
美加子は浩二が訪れた途端、
見たこともないようなふくれっ面をして、浩二を怒鳴りつけた。
「そっか……」
もう大丈夫なのかもしれない。
彼ならきっと、美加子を幸せにしてくれる。
そう思うのは本心なのに、
足が縫い止められたかのようにぴくりとも動かない。
どうして、俺は……。
何処までも中途半端な自分に嫌気がさす。
と、腕の中で眠る子供が小さく身じろぎをした。
これが、現実。
透は瞳を閉ざし、ゆっくりとした動作でフェンスから手を離す。
そして、閉じていた瞳を開き、もう一度美加子を見つめた。
諦めなければいけない。それはわかっている。
だが……。
「好きだよ」
去り際に呟いた言葉は、吹き付ける冬の風にかき消され、
透の耳にさえ残ることはなかった。
fin.