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1 月 (小山八十八)

written by 高木一

 小山八十八(こやまやそはち)は見渡す限り畑が広がっている場所に立っていた。

 ことの発端は、小山の勤める金星(かなぼし)製薬の社長の一声から始まった。

『行きの切符だけ買う金以外は置いて商品だけ持ち、商品を売って稼いだ金で帰ってこい』

 その指令とともに、小山は会社の商品である胃腸薬と湿布薬を風呂敷と袋につめ汽車へ飛び乗った。

 終着駅で降り、土地勘のない場所を彷徨い続けること数時間。いくつかの薬の販売店の他民家にも売り込みをかけたがことごとく拒否され続けた。その結果、着いたときは頭上にあった太陽がいつのまにか沈み、今は月が昇っている。

「月がこっちで、北極星がこっちってことは……南はこっちか」

 よかった。駅までの方向はわかった。線路を目指せば、民家も増えるだろう。

「よし! うちの商品が効果あるのは僕自信が実証済みだ」

 足に貼った湿布薬のおかげで痛みが引いてきた。代金は無事に会社へたどり着いたときに払えばいい。今は、なんとしても帰宅の切符代を稼がなくては。

 小山は地面に置いた商品の入った袋を再び肩から下げ、力強く歩き出した。

〈了〉

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2 キャンディー (想田麻紘)

written by 高木一

 それを発見したのは想田麻紘(そうだまひろ)がいつものように曾祖父の残した書物を読んでいる時だった。

「あ、これ! ひいお爺様が未四郎(みしろう)さんのお父様に教えた水飴薬だわ」
 曾祖父の弟子だった稲村未太郎(みたろう)は、この水飴薬を商品化し稲村商事を企業した。ふみの夫、未四郎はそこの副社長をしている。

「えっと、何々」

 麻紘は楷書で書かれた文字を指で滑らせながら文字を読み解いていく。

「水飴に、桔梗、薬用人参、麻黄、葛根、桂皮油を調合して……なるほど。喉の痛みを抑えるものや、咳止めに喀痰(かくたん)、発汗作用のあるものが入っているのね」

 これなら薬が苦手な人でも摂れるだろう。

「明日作ってみようかな」

 ちょうど今日、近所に住む岩崎としからもち米をもらったばかりだ。それを使えば水飴ができる。

「でも、小麦麦芽なんてあったかしら? 明日ばぁやに聞いてみなくっちゃ」

 小麦麦芽があればあとは砂糖と水だけなので水飴を作ることができる。多めに作っても、水飴だったらおやつになる。

 麻紘は水飴の甘さを想像しながらノートを取り出し、作り方を写し始めた。

〈了〉

3 傘 (想田荊芥)

written by 高木一

「叔父様は傘をつかないの?」

 遊びにきていた従姉の娘、アカネに尋ねられ、荊芥(けいがい)は首をかしげる。

「傘? 傘はさすものだろう」
「違うわ。最近は昼でもステッキのように傘を持ち歩くのがおしゃれなのよ」

 ツンと顔をあげ、アカネは自慢げに話す。

 女性はおしゃれに敏感だというが、年は関係ないらしい。アカネは尋常小学校へ通っている娘と同じくらいのはずだが、もしかしたら娘もそう思っているのだろうか。

 荊芥は傘をステッキ代わりに持つ自分を想像した。

 右手に傘を左腕には外出の際にいつも持っている画材道具。

(うーん。絵を描いている途中でどこかに置き忘れそうだなぁ)

 容易に想像できる末路に荊芥は寝ぐせのついた頭をかく。

「雨も降ってないのに傘なんて持ってたら邪魔じゃないかなぁ」

 肩を竦めながら返すと、アカネが頬を膨らませる。

「まっ! 叔父様ったらおしゃれをする気概がないのね。そんなだから麻紘もおしゃれをしないのよ!」
「……ぼくがおしゃれじゃないのと麻紘は関係ないと思うんだけど」

 腰に手をあて、アカネがまくし立ててきた。荊芥が気圧されながらも反論すると、彼女はさらに持論を続ける。

「関係は大ありよ! もう少し叔父様がおしゃれに敏感だったら麻紘だっておしゃれに目覚めていたはずだもの」
「えー」

 荊芥はアカネの言いがかりに嘆息した。だが、その言い方こそ幼い頃から姉のように接してくれているアカネの母、多部菊花にそっくりだった。そのせいだろうか。最近、アカネに口では敵わなくなっている気がする。

「今からでも遅くないわ、叔父様!」
「……ぼくはいいよ。それよりアカネがぼくの分まで、麻紘のおしゃれに目を向けてあげればいいと思うよ」
「もう仕方ないわね。わかったわ、私が叔父様に代わって麻紘をおしゃれにしてみせるわ」

 ふふっ、とアカネが菊花そっくりの笑みを作った。

(……麻紘、ごめん)

 荊芥は、アカネに振り回されるであろう娘を思い、心の中で謝罪した。

〈了〉

4 天秤 (多部菊花)

written by 高木一

「難しい顔をしてどうしたんだい?」

 頭上から降ってきた声に多部菊花(たべきっか)は顔をあげる。

「あなた! お出迎えもせずに申しわけありません。おかえりなさいませ」

 考え事をしていて夫の気配にまったく気づかなかった。菊花は慌てて一郎のそばへ駆け寄る。

「気にしなくいいさ」

 一郎は朗らかに笑いながらネクタイを外した。菊花は夫から上着を受け取る。

「それで? 何が君を悩ませているんだい?」

 一郎の優しい声音に促され、菊花はさっきまで考えていたことを素直に告げた。

「麻紘さんのお見合い相手のことですわ」

 なんとか複数あった立候補たちを二人まで絞ることはできた。一人は製薬会社の営業している男で、もう一人は医者をしている男だ。

「まだどちらか決めかねているんだね」
「そうなんですの。金銭的に裕福になれそうなのはお医者様をなさっている方だとは思うのですが……」

 祖父の残した書物を読み、漢方に傾倒している麻紘の姿が脳裏をよぎる。あの娘に医者の妻が務まるだろうか。そのことがひっかかり、決めかねているのだ。

「麻紘さんに漢方薬の精製を続けて欲しいんだね」
「ち、違いますわ。今の世の中で漢方薬は認められておりませんもの。私は再三にわたって麻紘さんにも諦めるように言っておりますわ」

 政府が西洋近代医学しか認めていない今、漢方などいくら突き詰めて無駄だ。それはなんとか漢方を残そうと必死に活動し命を落としていった祖父や伯父たちを見ていてよくわかっている。だからこそ麻紘には早く漢方を捨て、幸せになってもらいたいのだ。

「僕は、漢方薬はなくならないと思っているよ。むしろ漢方が再び注目を集めるようになると思っている。それは君もだろう」
「そ、そんな私は」

 夫の言う通りだ。口では麻紘に諦めるように促しているが、本心では続けて欲しいと思っている。菊花は、一郎に見透かされ、顔を赤くした。

「医者の嫁だと麻紘さんは漢方作りをやめなくてはいけなくなるかもしれないね。その点、製薬会社なら問題ないだろう。むしろ、漢方を使った商品を一緒に考えるかもしれないよ」

 夫の言葉に、決めかねていた天秤の針がカタリと動いた。

「一郎さん、ありがとうございます」
「妻の憂いを払うのは夫の役目だからね」

 肩を竦めほほ笑む一郎に、菊花は敵わないなと思いながら笑みを返した。

〈了〉

5 人形 (八巻アカネ)

written by 高木一

「ふふふ」
「急に笑ったりしてどうしたのお母様?」

 芝居を観に行った帰りに立ち寄った実家で、母、多部菊花(たべきっか)とお茶をしているとふいに母が笑い出した。その手には土産として持ってきた人形焼きがある。吹き出したくなるほどおかしな顔の人形焼きを手に取ったのだろうか。アカネは菊花を見つめた。

「ごめんなさないね、これ見ていたら思い出してしまって」
「何を?」

 母が見せてきたのは七福神の顔を模したものだが、吹き出すほどひどい顔はしていない。アカネは首をかしげた。

「昔、お父様が人形焼きをお土産にくださったときにアカネさんったら、お父様だけお芝居を観に行ってずるいですわ! なんて言って怒ったことがありましたのよ」

 思い出し笑いをこらえながら語られた母の言葉に、アカネは目を瞠る。

「私が? まったく覚えてないわ。いくつくらいのとき?」
「あれは七五三を迎えたばかり頃でしたから、七歳ですわね。アカネさんったらいくらお父様が貰い物だとおっしゃってもなかなか信じてくれなかったのですよ」

 確かに今日だって歌舞伎を観た帰りに人形焼きを買ってこちらへきたのだ。幼い頃も人形芝居を観に行った帰りはやはり今日のように人形焼きを買って帰っていた。だから人形焼きを見て、幼い自分はお芝居を観に行った帰りだと思い込んだのだろう。きっと一人だけ楽しんだ父親に対し、なぜ一緒に連れていってくれなかったのかと責めたに違いない。

「七歳でも私は、私なのね」
「頬を膨らませて怒るアカネさんの姿にお父様はタジタジでしたのよ」

 楽しげに笑いながら母が人形焼きを食べる。予想通りの答えに、アカネも弁財天の顔を模した人形焼きをかじった。

〈了〉

プロフィール

やどりぎ

Author:やどりぎ
ようこそ、
こちらはオリジナル小説
サークル『宿り木』の小説ブログです。
メンバーの
朝川 椛(あさかわもみじ)
と高木 一(たかぎはじめ)の
2人で100のお題をお借りし、
オリジナル小説を書いています。

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