02 君に逢う為に (朋樹&彩香)
written by 朝川 椛
夕暮れ時の駅前交差点。
混み合う人並みをかき分けてたどり着いた横断歩道の前で、
案の定信号機の色が青から赤に変わった。
我ながらツイてない。
苦りきった気持ちを抑えようと腕時計を確認して、朋樹は舌を打つ。
仕事が予定より10分ほど超過してしまった。
彼女はまだ待っているだろうか。
「あいつ時間にうるさいからなあ」
ぼやいて歩道先の駅を眺める。と、ほどなくして、
青へと変わった信号機の向こう側に、彼の人を発見した。
「遅い」
黒と灰色のシャツにGパン姿をした女性は、
駆け寄った朋樹へ開口一番に言い放つ。
右肩に重そうな黒のショルダーバッグをかけ、
両手には手提げの紙袋をぶら下げていた。
「あんたの顔見つけなきゃ帰ってるとこだったわよ」
小さく鼻を鳴らす女性。
「わりぃ、彩香」
彩香と呼ばれた女性は、手を合わせる朋樹に向かい、
手提げ袋を乱暴に差し出した。
「はい、夕飯」
「おう、さんきゅ。って、そっちのは?」
朋樹は彩香の手に残った手提げ袋を指差す。
今更分かりきった話だとは思ったものの、
なんだか急に意地の悪い気分になったのだ。
ほんの少しだけ、弄くりたい。
「田中さんの分よ」
案の定、彩香は顔をさっと朱に染め、こちらを睨んでくる。
頬を膨らませてぼそりと呟くその表情は、
学生時代には一度も見せたことのなかったものだった。
よかったと心から思う反面、どことなく面白くない。
だが彩香は、そんな朋樹の複雑な心境など、どこ吹く風のようで。
大げさな溜め息で自らの照れを吹き飛ばしたのか、
にこやかに微笑んでくる。
「あんたが携帯切ってるから、利恵さんと連絡取ったり大変だったわよ」
彩香の言葉に朋樹は慌てる。
「かみさん、何だって?」
「もうすぐここに来るんじゃない?」
待ち合わせたから、と肩を竦める彩香を見て、
朋樹は天を仰いだ。今日は自分が夕食を作る、
とパートに向かう嫁の後ろ姿へ豪語しておいたのだが。
いつものごとく、彩香にヘルプを頼んだことが知れたのは、
なんとも痛い。
「てか、なんでお前らそんなにツーカーなんだよ」
俺は友人としての順位も格下げなのか。
言外にそんな非難を込めつつ、
うなだれた朋樹に軽やかな笑いが降ってくる。
「当たり前でしょ。親友の奥さんなんだから」
「え」
彩香の言葉に驚き、顔を上げる。
「いつから?」
「は?」
「いつからそう思ってた?」
「そんなの分かんないけど、結構初めっからなんじゃないの?」
これだけ続いてんだし、と戸惑いながらも答える彩香。
朋樹はそんな彩香を、清々しい気分で眺めやった。
「俺、あの大学入ったのって、お前に逢うためだったのかも」
「はあ?」
呟き、微笑んでみせる朋樹。彩香が呆れたように肩を竦める。
「あんた、頭でも打ったでしょ?」
打っていない。打ってはいないが、
それよりも激しくて、嬉しい衝撃が走ったのは確かだ。
ああ、参った。遅咲きの青春ってやつだ。
「今日ツいてるわ、俺」
朋樹は、彩香が怪訝な面持ちで見つめてくるのを受けながら、
人目もはばからず声を上げて笑った。
そして、今ある幸せを、心の底から噛みしめた。
fin.
夕暮れ時の駅前交差点。
混み合う人並みをかき分けてたどり着いた横断歩道の前で、
案の定信号機の色が青から赤に変わった。
我ながらツイてない。
苦りきった気持ちを抑えようと腕時計を確認して、朋樹は舌を打つ。
仕事が予定より10分ほど超過してしまった。
彼女はまだ待っているだろうか。
「あいつ時間にうるさいからなあ」
ぼやいて歩道先の駅を眺める。と、ほどなくして、
青へと変わった信号機の向こう側に、彼の人を発見した。
「遅い」
黒と灰色のシャツにGパン姿をした女性は、
駆け寄った朋樹へ開口一番に言い放つ。
右肩に重そうな黒のショルダーバッグをかけ、
両手には手提げの紙袋をぶら下げていた。
「あんたの顔見つけなきゃ帰ってるとこだったわよ」
小さく鼻を鳴らす女性。
「わりぃ、彩香」
彩香と呼ばれた女性は、手を合わせる朋樹に向かい、
手提げ袋を乱暴に差し出した。
「はい、夕飯」
「おう、さんきゅ。って、そっちのは?」
朋樹は彩香の手に残った手提げ袋を指差す。
今更分かりきった話だとは思ったものの、
なんだか急に意地の悪い気分になったのだ。
ほんの少しだけ、弄くりたい。
「田中さんの分よ」
案の定、彩香は顔をさっと朱に染め、こちらを睨んでくる。
頬を膨らませてぼそりと呟くその表情は、
学生時代には一度も見せたことのなかったものだった。
よかったと心から思う反面、どことなく面白くない。
だが彩香は、そんな朋樹の複雑な心境など、どこ吹く風のようで。
大げさな溜め息で自らの照れを吹き飛ばしたのか、
にこやかに微笑んでくる。
「あんたが携帯切ってるから、利恵さんと連絡取ったり大変だったわよ」
彩香の言葉に朋樹は慌てる。
「かみさん、何だって?」
「もうすぐここに来るんじゃない?」
待ち合わせたから、と肩を竦める彩香を見て、
朋樹は天を仰いだ。今日は自分が夕食を作る、
とパートに向かう嫁の後ろ姿へ豪語しておいたのだが。
いつものごとく、彩香にヘルプを頼んだことが知れたのは、
なんとも痛い。
「てか、なんでお前らそんなにツーカーなんだよ」
俺は友人としての順位も格下げなのか。
言外にそんな非難を込めつつ、
うなだれた朋樹に軽やかな笑いが降ってくる。
「当たり前でしょ。親友の奥さんなんだから」
「え」
彩香の言葉に驚き、顔を上げる。
「いつから?」
「は?」
「いつからそう思ってた?」
「そんなの分かんないけど、結構初めっからなんじゃないの?」
これだけ続いてんだし、と戸惑いながらも答える彩香。
朋樹はそんな彩香を、清々しい気分で眺めやった。
「俺、あの大学入ったのって、お前に逢うためだったのかも」
「はあ?」
呟き、微笑んでみせる朋樹。彩香が呆れたように肩を竦める。
「あんた、頭でも打ったでしょ?」
打っていない。打ってはいないが、
それよりも激しくて、嬉しい衝撃が走ったのは確かだ。
ああ、参った。遅咲きの青春ってやつだ。
「今日ツいてるわ、俺」
朋樹は、彩香が怪訝な面持ちで見つめてくるのを受けながら、
人目もはばからず声を上げて笑った。
そして、今ある幸せを、心の底から噛みしめた。
fin.
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