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04 視線 (沙耶&影)

written by 朝川 椛 

 チャイムが鳴った。

 授業中にあった緊張感が霧散し、

休み時間特有のざわめきがクラス中に広がる。

沙耶は無言で教室を出て、早足で廊下を歩いた。

人気のない窓辺近くまで来ると、突如立ち止まる。

「ちょっと……」

 振り返りもせず小さな声を上げると、

斜め後ろに短く伸びた影から返答があった。

「何? 私の名前、答える気になった?」

「見ないでよ。ついても来ないで」

「無理だよ。名前を当ててくれたら離れてあげるけど」

 分かってるでしょう、と笑いの滲んだ声が返ってくる。

「これだけは譲れないの。ついて来ないで」

「なんで?」

 心底不思議そうに尋ねる声に、沙耶の我慢は限界に達した。

「トイレに行きたいのよ!!」

 叫ぶ沙耶。場が凍りついたように静まり返った。

「……あー…うん。分かった」

 ばつが悪そうに答えて途切れる声。ほっとして一息ついた時、

周囲が遠巻きに自分を見つめていることに気がついた。

 
 しまった。どうしよう。

 
 固まっていると見知った顔の1人が、おずおずと声をかけてくる。

「……あの、トイレの清掃なら、終わってるわよ?」

「あ、うん。だよね」

 引きつる筋肉を必死で動かし笑みの形を作りながら、

沙耶はそそくさとトイレに逃げ込んだ。    

 無事に用を足して教室へと戻る。

席に着くとすぐ、クラスメイトが神妙な面持ちで話しかけてきた。

「わかるよ〜、女性だもん。そういう週もあるよね」

「あー……」

 顔面が引きつるのを自覚しつつ、

影に言ったのだとは、口が裂けても言えない沙耶だった。

fin.
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08 noise (金髪の青年<裕紀>&栞&人形<菊野>)

written by 朝川 椛


朝。

駅前の小さな花屋の店主、

佐伯裕紀(さえきゆうき)は開店準備に忙しい。

一見優雅なように見える稼業だが、これがなかなかに辛いのである。

「これはまた良く太って……」

裕紀は、もう何匹目になるか分からない虫を

手で摘み地面へ投げ捨ると、足で強く踏みつけた。

するとそこへ、相棒の高野栞(たかのしおり)が

何やら心痛な面持ちでやって来た。

相棒、とはもう一つの『家業』のことである。

「うちのおばあちゃん来てない?」

額に手をやりながら、言い辛そうに尋ねてきた。

「菊野さん? いますよ、奥に」

答えた途端、栞が苦虫を噛み潰したような顔をする。

「やっぱり……」

「何かあったんですか?」

「昨夜(ゆうべ)、ちょっとね」

「喧嘩ですか」

「ていうか……、花を生けるのよ……真夜中に」

応えながら、栞が脇にあった木製の椅子に腰かけ、

小さな丸テーブルに突っ伏した。

「ああ……」

裕紀は曖昧に頷きながら、先を促す。

「足の擦れる音と衣擦れの音に加え、パチンパチンって、

あの花切る音がたまんなくって……。正直怖すぎ」

「あはは……」

そもそも日本人形である菊野が動くってこと自体、

怖すぎるんじゃないかな、とは思ったが、口にはしない。

「それは仕方ないんじゃないですか。

なにせ菊野さんは夜しか活動できないんですから」

仲直りしろ、との意を含ませ言葉を紡ぐ。

すると、栞が顔を上げ、半眼でこちらを見据えてきた。

「あんた、どっちの味方なの?」

「女性の味方ですよ」

至極真面目に答える。

栞はあっそ、と溜め息をついて、席を立った。

「じゃあ、しばらくお願いね」

「え?」

「おばあちゃん。わたしこれから講義だし。

しばらく後期試験だから。預かっといて」

ひらひらと手を振り、栞が店を出ていく。

引き止める間もなかった。

裕紀は栞が去った出入り口をしばし眺め、苦笑する。

「これからしばらくは寝不足ですかね」

ひとりごちて、

裕紀はまた、黙々と花の手入れ作業に戻った。

fin.

18 深い森の果て (沙耶&優花&向坂徹)


written by 朝川 椛

「どうしよう、優花」

よく遊ぶ神社の裏山に、

探検に行こうと言い出したのはどちらが先だったか。

気がつけば高い木が生い茂る森の奥に迷い込み、

帰り道も分からなくなってしまっていた。

しかも最悪なことに、

沙耶が足を滑らせ道を踏み外してしまったせいで、

なんだか分からない擂り鉢状の窪みへ2人して落ちてしまっている。

薄暗い森の中眺める窪みの起点からは今にも何かが出てきそうで、

沙耶は恐怖に身を震わせた。

蟻地獄の巣に嵌った蟻の気分はこんな感じなのかもしれない。

果てのない闇が、そこにわだかまっている気がする。

じわりと滲む涙を必死でこらえていると優花が、

大丈夫だよ、と笑いかけてきた。

「絶対徹さんが助けに来てくれるって」

自信たっぷりに言い切る優花に、沙耶の不安はいくらか和らぐ。

「本当?」

「うん。だって君がいるんだもん。きっと超特急で迎えに来てくれるよ」

微笑む優花の表情は、

透き通るクリスタルように綺麗で、繊細で。

沙耶は息を呑んで親友の顔を見つめた。

「どうしたの?」

「ううん、何でもないよ」

慌てて頭(かぶり)を振りがら、別の不安が沙耶の心を支配していく。

気がつけば衝動的に優花の腕を掴んでいた。

「沙耶?」

「どこにも行っちゃわないでね、優花」

優花はしばらく目を瞬かせこちらを見つめ、力強く頷く。

「行かないよ。どこにも行かない」

「約束ね」

「うん」

心底ほっとして体を弛緩させた沙耶の耳に、

聞き慣れた少年の声が響いてきた。

「徹さんだ!」

優花の顔が嬉しげに高揚する。

「徹さん! ここだよ、沙耶とまいまいず井戸に落ちちゃったの!」

近づいてきた人影に、嬉しげに手を振る優花。

幸せそうに笑う優花を見ながら、沙耶はそっと、

どこにいるとも知れない神に祈った。

白血病の発作なんか、もう2度と起こさせたくない。

ずっとずっと、少しでも長く、一緒にいたい。

どうか神さま、優花の病気を治してください。

病み上がりの親友に無理をさせた自分が、

情けなくてたまらない。

願えば願うほど遠くなっていく気がする望みに、果てはなく。

それでも沙耶は、

この小さな幸せが一秒でも長く続くことを必死に願うのだった。

fin.

24 涙で濡れた瞳 (裕紀&栞&菊野)


written by 朝川 椛

「大変です!」

秋の夕暮れ時。

花屋の店仕舞いをして、

昼から遊びに来ていた相棒の高野栞と夕飯の支度をしようと

していた時、裕紀はそれに気づいた。

「菊野さんが泣いてます!」

慌てて栞を呼ぶと、

彼女は椅子の上に丁寧に置かれた日本人形を覗き込み、

ああ、と事もなげに頷く。

「夕べ満月だったからじゃない? いつものことよ」

「そうなんですか?」

目を瞬いて尋ねると、栞は複雑そうな笑みを浮かべ、

ふと息をついた。

「まあ、菊野おばあちゃんにとって満月は特別だから。

……多分、曾お祖母さんとのこと思い出してるんだと思う」

栞の曾祖母が大切にしていた人形の菊野。

かけられた愛情によって、人形はやがて命を宿した。

ただし、夜間限定で。

事件に関わったお陰で裕紀も大まかな事情は理解できているが、

事が一応の解決を見た今も菊野には、

何か割り切れないものがあるのだろうか。

裕紀は放っておいてあげて、と言う栞に頷き、

しばし菊野の顔を眺める。

が、どうにも我慢できず、躊躇いがちに栞へ提案した。

「せめて涙拭いてあげちゃ駄目でしょうか?」

裕紀の言葉に、

栞がじゃがいもを剥く手を止めて振り返る。

「駄目、絶対に駄目」

「でも……」

「おばあちゃん基本的に男嫌いで古風な性格してるから。

いくらあんたでも肌に触れられたら

怒るだけじゃ済まされないわよ?」

呪い殺されるわよ、と真剣な眼差しで語る栞。

裕紀はまさか、と言いかけて、

あの夏の夜に目にした菊野の姿を思い出し、口をつぐむ。

溜め息をつきながら金髪の頭に手をやると、

栞がじゃがいもの皮を剥く作業に戻りながら、

どこか楽しげな様子で言葉を紡いできた。

「女の涙は高くつくのよ?

触れるならそれ相応の覚悟をしなくちゃね」

fin. 

30 遠くへ (沙耶&徹)

written by 朝川 椛

「山へ行こうか」

冬休みのファストフード店。

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やどりぎ

Author:やどりぎ
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こちらはオリジナル小説
サークル『宿り木』の小説ブログです。
メンバーの
朝川 椛(あさかわもみじ)
と高木 一(たかぎはじめ)の
2人で100のお題をお借りし、
オリジナル小説を書いています。

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