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4 天秤 (多部菊花)

written by 高木一

「難しい顔をしてどうしたんだい?」

 頭上から降ってきた声に多部菊花(たべきっか)は顔をあげる。

「あなた! お出迎えもせずに申しわけありません。おかえりなさいませ」

 考え事をしていて夫の気配にまったく気づかなかった。菊花は慌てて一郎のそばへ駆け寄る。

「気にしなくいいさ」

 一郎は朗らかに笑いながらネクタイを外した。菊花は夫から上着を受け取る。

「それで? 何が君を悩ませているんだい?」

 一郎の優しい声音に促され、菊花はさっきまで考えていたことを素直に告げた。

「麻紘さんのお見合い相手のことですわ」

 なんとか複数あった立候補たちを二人まで絞ることはできた。一人は製薬会社の営業している男で、もう一人は医者をしている男だ。

「まだどちらか決めかねているんだね」
「そうなんですの。金銭的に裕福になれそうなのはお医者様をなさっている方だとは思うのですが……」

 祖父の残した書物を読み、漢方に傾倒している麻紘の姿が脳裏をよぎる。あの娘に医者の妻が務まるだろうか。そのことがひっかかり、決めかねているのだ。

「麻紘さんに漢方薬の精製を続けて欲しいんだね」
「ち、違いますわ。今の世の中で漢方薬は認められておりませんもの。私は再三にわたって麻紘さんにも諦めるように言っておりますわ」

 政府が西洋近代医学しか認めていない今、漢方などいくら突き詰めて無駄だ。それはなんとか漢方を残そうと必死に活動し命を落としていった祖父や伯父たちを見ていてよくわかっている。だからこそ麻紘には早く漢方を捨て、幸せになってもらいたいのだ。

「僕は、漢方薬はなくならないと思っているよ。むしろ漢方が再び注目を集めるようになると思っている。それは君もだろう」
「そ、そんな私は」

 夫の言う通りだ。口では麻紘に諦めるように促しているが、本心では続けて欲しいと思っている。菊花は、一郎に見透かされ、顔を赤くした。

「医者の嫁だと麻紘さんは漢方作りをやめなくてはいけなくなるかもしれないね。その点、製薬会社なら問題ないだろう。むしろ、漢方を使った商品を一緒に考えるかもしれないよ」

 夫の言葉に、決めかねていた天秤の針がカタリと動いた。

「一郎さん、ありがとうございます」
「妻の憂いを払うのは夫の役目だからね」

 肩を竦めほほ笑む一郎に、菊花は敵わないなと思いながら笑みを返した。

〈了〉

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