10.時計<綾木和彦(あやぎかずひこ)>
written by 朝川 椛
「やる。使え」
無造作に手を突き出してきたのは父の綾木龍彦(あやぎたつひこ)だった。
和彦は差し伸べられたものを見る。それは茶色い革製の時計だった。
使われた様子はなく新品同様の体を為しているが、年代物だと思われた。
「やる。使え」
無造作に手を突き出してきたのは父の綾木龍彦(あやぎたつひこ)だった。
和彦は差し伸べられたものを見る。それは茶色い革製の時計だった。
使われた様子はなく新品同様の体を為しているが、年代物だと思われた。
「いいの? 俺なんかが使って」
「いい。親父が亡くなる前にこれをお前にと。要は形見だ。使ってやってくれ」
「うん。じゃあ……」
和彦は頷くと、おずおずと手に取り腕につけてみた。
その革はまだ硬く、なかなか腕に馴染んでくれそうもなかった。
「祖父さん、なんで俺にって?」
「あーいや、まあ、な……」
言葉を濁す父にピンと来るものがあった。
「これ、涼叔父さんにあげるつもりだったんだろ?」
尋ねると、父が呻いた。
「さ、最初はどうあれ、最後はお前に、と言ったんだ。お前のものだ」
「あー、まあ、ね。うん。貰っとくよ」
「ああ」
顔を背けて首肯した父の声音は、どこか嬉しそうで、けれど淋しげでもあった。
「叔父さんにも伝えておくよ。祖父さんの思ってたことをさ」
「いらん。あまり出過ぎたことをするな」
鼻を鳴らして歩き去る父の後ろ姿を見つめる。
「素直じゃないよなあ」
和彦はぼやき、肩を竦めた。
了
「いい。親父が亡くなる前にこれをお前にと。要は形見だ。使ってやってくれ」
「うん。じゃあ……」
和彦は頷くと、おずおずと手に取り腕につけてみた。
その革はまだ硬く、なかなか腕に馴染んでくれそうもなかった。
「祖父さん、なんで俺にって?」
「あーいや、まあ、な……」
言葉を濁す父にピンと来るものがあった。
「これ、涼叔父さんにあげるつもりだったんだろ?」
尋ねると、父が呻いた。
「さ、最初はどうあれ、最後はお前に、と言ったんだ。お前のものだ」
「あー、まあ、ね。うん。貰っとくよ」
「ああ」
顔を背けて首肯した父の声音は、どこか嬉しそうで、けれど淋しげでもあった。
「叔父さんにも伝えておくよ。祖父さんの思ってたことをさ」
「いらん。あまり出過ぎたことをするな」
鼻を鳴らして歩き去る父の後ろ姿を見つめる。
「素直じゃないよなあ」
和彦はぼやき、肩を竦めた。
了
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