30.温泉 <綾木龍彦(あやぎたつひこ)>
written by 朝川 椛
「ここでいいのか?」
龍彦は後部座席に座っている我が子に尋ねた。
「ここでいいのか?」
龍彦は後部座席に座っている我が子に尋ねた。
「うん!」
息子の和彦は大きく頷き、
2リットルの空ペットボトルを持って外へ飛び出した。
妻が慌ててその後を追う。
和彦がいきなり温泉の水が飲みたい、と言ったのは昨日のこと。
かなり思い詰めた表情に、龍彦は正直焦った。
詳しく理由を訊くも、答えてくれず。
しかたなく評判のいい温泉水のランキング上位にある群馬県までやってきた。
「取れたか?」
「うん! これで大丈夫!」
「何がだ?」
「はい! お父さん!」
「は?」
無理やり持たされた温泉水入りペットボトルに困惑していると、
和彦が満面の笑みを浮かべた。
「ここの温泉、『ひろうかいふく』に効果バツグンなんだってさ!」
「はあ、そうなのか」
「お父さんいつも疲れた疲れたって言ってるでしょ? だから」
「なるほど……」
嬉しげな息子を前に怒ることもできず、龍彦は礼を言う。
「ありがとう」
一瞬、寝かせて欲しかった、という本音が頭をよぎった。
だが、龍彦は妻の鋭い目線に気づき、
なんとかその言葉を胸の内でねじ伏せることに成功したのだった。
了
息子の和彦は大きく頷き、
2リットルの空ペットボトルを持って外へ飛び出した。
妻が慌ててその後を追う。
和彦がいきなり温泉の水が飲みたい、と言ったのは昨日のこと。
かなり思い詰めた表情に、龍彦は正直焦った。
詳しく理由を訊くも、答えてくれず。
しかたなく評判のいい温泉水のランキング上位にある群馬県までやってきた。
「取れたか?」
「うん! これで大丈夫!」
「何がだ?」
「はい! お父さん!」
「は?」
無理やり持たされた温泉水入りペットボトルに困惑していると、
和彦が満面の笑みを浮かべた。
「ここの温泉、『ひろうかいふく』に効果バツグンなんだってさ!」
「はあ、そうなのか」
「お父さんいつも疲れた疲れたって言ってるでしょ? だから」
「なるほど……」
嬉しげな息子を前に怒ることもできず、龍彦は礼を言う。
「ありがとう」
一瞬、寝かせて欲しかった、という本音が頭をよぎった。
だが、龍彦は妻の鋭い目線に気づき、
なんとかその言葉を胸の内でねじ伏せることに成功したのだった。
了
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